戦前、東北帝国大学でチベット語を研究していた多田等観先生がチベットから持ち帰り、東北大学に収蔵されたチベット仏教の仏典の目録です。東北大学文学部の依頼を受け、世界で初めてチベット語の文字を活字化して作成されました。
手刷りの原本630枚を拡大して平均を取った大きさでチベット文字のデザインを起こし、ベントン彫刻機で母型を作りました。専門的に研究されている方でないと判別が難しいので、番号を付けて管理をしていました。
①チベット文字、②チベット語のローマ字表記、③和訳、④英訳が併記されています。
活字の一部は河北新報社を通して、インド大使館を経由してインドに寄付されました。
弊社刊行の「文化伝承叢書 特別編 妝匣の本質-ひたむきに生きる、刷匠たちの念い」に掲載しております、西蔵撰述仏典目録の作成にまつわる当時のエピソードを一部抜粋してご紹介いたします。
第六章 笹氣出版の金字塔
一 多田等観先生の『西蔵撰述仏典目録』 より
(前略)
伺って原稿を見せて頂くと、等観先生が書かれた原稿を波多野先生が読み直して訂正し、チベット語のタイトルの読み方をローマ字で書き表してある。さらに日本語で内容の説明をつけるという厖大なもの。おまけにローマ字化した文字にはみな特別のアクセントがあって、上に点があったり、その点が下についていたりしているから文字を新しく作らなければならない。かなりの難題である。
「他の印刷所では難しいだろうが笹氣印刷所ならできるのではないかと見てもらったんだ。どうだろう、やってみないか」
「チベット語はどうしましょうね」
「活字はないんだろう」
「どうせなら、こしらえてやりましょうか」
「君、チベット文字もこしらえてくれるのかね」
と先生が驚かれた。
笹氣印刷所としては、させていただくのであれば文字を創って印刷しても構わない。母型を量産できるベントン彫刻機があるから、やってできないことはない。まず原本の木版刷りを写真に写して引き伸ばし、それを修正して、あるパターンをつくって彫っていく。木版だから同じ文字でも幅の広いのやら狭いのやらと不規則なのが欠点だ。1行に入り切れない文章は、終りの文字の幅をつめて彫ってあるから、一番良い字体をみつけてから、だいたい4種類の幅に決め、合わせて文字を作ればよい。一口で言ってしまえば簡単だが、それこそ、ベントン彫刻機があればこそできることだ。
(後略)
笹氣出版「文化伝承叢書 特別編 妝匣の本質-ひたむきに生きる、刷匠たちの念い」pp.142-143(一部改変)
金属活字は、文字ごとにデザインされた母型をもとに鋳造します。ベントン彫刻機は、その活字の母型を彫る機械です。
文字の形をデザインした原図を描き、そこからパタンと呼ばれるプレートを作ります。
パタンをベントン彫刻機に取り付けて、パタンの凹部を針(フォロア)でなぞるように動かすと、パンタグラフの原理により、その動きに連動して機械の上部の彫刻刀が動きます。その結果、文字の形を大幅に縮小した相似形で細かく彫刻することができます。縮小率は字形を彫るマテとパタンの距離を変えることで調節することができます。
母型の文字の大きさの違いで、そこから鋳造される活字の大きさが変わることになり、様々な大きさの文字で印刷ができるようになります。
この機械を導入することで、日本に無い活字、世界中にも無い活字を作り出すことができ、幅広い印刷物を作ることができるようになりました。
菱形の収縮機構を意味する言葉。
それぞれの角を止めたひし形の角度を動かすことで、2つの大きさの異なる相似形の三角形がペアとなって動く仕組みにより、拡大図、縮小図を簡単に描くことができます。