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第三話

大きさ,精密そのもの ゼロに近い誤差

学者の“本作り知らず”

履歴書に「趣味」という欄があるが,ここによく「読書」と書いているのを見かける。もともと読書は勉強であり,教養に資するものである。読書は趣味とはどんなことだろうか。趣味ならそれでもよいとして,その趣味である本が,どんなふうにして作られるかは案外知らない人が多いようだ。ただ活字を並べて印刷する――その程度しか知らない。本に埋まっている学者,先生ですら存外,ご存じない。

活字は,鉛を主体とした3元合金(鉛,スズ, アンチモニー)で出来ているが,日本では明治2年,長崎のオランダ通辞本木昌造が苦心の末に作り上げたものである。活字の種類は,初号,1号から7号まで8種類。5号が中心でくじら尺の1分が基準であり,それから上下に2厘5毛きざみで大きく,あるいは小さくなる。大正時代になって欧米のポイント系がはいってきた。

1ポイントは,1/72インチで計算される。9ポイントは9/72インチで,8本で1インチになる。その高さは923/1,000インチが標準。このように簡単に活字というが,案外精密に出来ていて,誤差は高さでプラス,マイナス1/1,000インチ,巾は誤差ゼロに近い。印刷速度が速くなればなるほど,この誤差を少なくしなければ活字面が斜めになったり,印刷中に活字が抜けて飛んだりする,やっかいな代物であり,また精密そのものである。

印刷所には普通5,000種

そして漢字は,ご存じのように字数が非常に多い。一説には30,000種とも50,000種ともいわれる。私も「字源」で勘定しはじめたが,あまり多いので馬鹿々々しくなって中途でやめてしまった。普通,印刷所で使っている字数は3,500ないし5,000種で,新聞では当用漢字1,850字と人名用92種ぐらいである。そのうえに字体がある。明朝,ゴジック,丸ゴジ,清朝,正楷,教科書用楷書,宋朝,方宋,アンチック,そして隷書,行書,草書体まである。一般には,明朝とゴジックがよく使われ,名刺やあいさつ状などには清朝,教楷,宋朝などが使われる。

この活字を作るには,ボデーになる鋳型と字面を形成する字母が必要である。戦前の字母の製作方法は省略するが,今は4〜5㎠の紙に活字をデザインし,亜鉛板に焼きつけ,凹型か凸型のパターンを作り,凹版パターンからはベントン彫刻機でシンチュウの字母体に直接縮小彫刻する。また凸版パターンからは鉄に彫刻して鉄製の活字をほり,焼き入れして字母体にたたき込んで作る。前者を彫刻母型,後者をパンチ母型とよんでいる。

この彫刻機は,日本では字母製造業者以外では2,3の大印刷所,新聞社でしか設備していない。印刷屋では私のところだけだろう。だが,この活字のデザイナーは,仙台には残念ながら居なかった。仕方がないので自分でこれを行なった。文字というのは、本当に難しく,戦前の活字彫り名人といわれた人々の文字を数千種写真で引き伸ばしては,研究した。

活字は,その大小によって横縦の線の太さの比率が違う。5号ぐらいのものは,横を1とすれば縦は2ないし3の太さになる。文字の画数によって多少太くも細くもしなければならない。文字が大きくなれば,横縦の比率は1対7ぐらいになる。これがうまくゆかないと文字に味も力もなくなる。印刷物の単位面積における白黒の比率が悪いと読みにくくなる。これを私たちは,可読性と称し,非常に大事に考えている。こうして私は今まで,20,000種に及ぶ活字を作っている。先に私は,東北大からの依頼でチベット活字やコプト文字も作ったが,これらは私の一生では,2度とは使用されないだろう。

「当用漢字」は悩みのタネ

文字もこのごろは,文字としてではなく符号ぐらいにしか考えないせいか,原稿にもおかしな字を書いてくるのが多い。勝手に文字を作られたのでは,たまったものではない。当用漢字なども文部省が制定したが,古文書や固有名詞の印刷には,何の役にも立たない。制定以後は,すべて当用漢字しか使わないとのことなので,旧字体は全部廃棄したら,旧字体でなければならないものもたくさん出てきた。そしてまたぞろ,旧字体を作らざるを得なくなった。これでは,かえって文部省によって「当用漢字」という新しい文字を作られたみたいだ。困るのは印刷屋だけだろう。